非常に名の知れた名作というのは数々あり、また素晴らしい作品群でもあります。
しかし時に、あまり知られていない名作を発掘することもあり、発見した時の喜びは非常に大きなものです。
この、アリソン・アトリー作の「時の旅人」そのうちの1冊であると感じます。
児童用図書として販売されているけど
私がこの1冊を見つけたのは、児童用に分類された図書のところででした。
子供用文学というわけですが、それにしてもあまり名の通っていない著者で、聞いたことのない題名に逆に興味を持ったのは事実です。
内容としては、身体が弱くて療養のため田舎の親戚に預けられた少女がその親戚の家の過去、エリザベス王朝時代に入り込んでしまうというものです。
実際にあった歴史上の事件に絡めて、彼女の心の変遷をたどっていくという、いささか児童文学としては難しい部類に入る小説ではないかと思えてしまいます。
文章自体も幻のようで
どうもこの「時の旅人」、作者のアリソン・アトリー自身の経験も入っているようで、過去と現実の区別がつきづらい感覚の文章で綴られていきます。
エリザベス王朝時代の風俗などもきちんと調べて書いた、というよりも実際に見てきたという感じに、非常に細かく書かれているのです。
また主人公の現実である20世紀初頭の風俗、その匂いや空気などが読み手に伝わってくる文章も素晴らしいものです。
幻の世界と現実を行ったり来たりの主人公、そのうちに一体どちらが現実なのかも、わからなくなっていく感じが読者の心も混乱させていくのです。
終わりのない小説
実際に過去の、エリザベス朝に起きた事件を題材にとっているので、読み手はこの後過去に住んでいる登場人物がどういった最後を遂げるのか、実はわかっています。
しかし小説内で主人公は、結末を見届けることもなくまるで過去の世界から音もなく消え失せるようにして、話は終わるのです。
この終わり方自体は、不満に思う人もいるかも知れません。
しかしこうした結末のない結末が、この小説の非現実感を逆に現実として感じさせてくれるような気もするのです。
まとめ
これは本当に、ちょっと珍しいタイプの幻想小説でもあり、またある意味での歴史小説とも言えます。
幸いなことにこの「時の旅人」今でも再販されて入手が可能です。
2つの世界に入り込んで冒険と言うにはあまりに生活感のある人生の一部、過ごしていく主人公とともにイギリスの両時代を味わうのは素晴らしいことです。
そして素晴らしい反面、物語の底に流れるなにかの悲しみ、すでに決まってしまっている過去は覆せないことの悲しみ、それらも味わって共感できる小説なのです。